2010年7月13日火曜日

NHK ニュース 2010年7月10日 動画あり

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『
元船長“反捕鯨活動続ける”
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100710/k10015657481000.html

 反捕鯨団体「シー・シェパード」が日本の調査捕鯨を妨害した事件で、傷害の罪などで有罪判決を受けた元船長が10日、強制送還先のニュージーランドに到着し、「捕鯨に反対する立場に変わりはない」と述べ、今後も反捕鯨活動を続けて行く立場を明らかにしました。

 シー・シェパードの抗議船、アディ・ギル号のピーター・ベスーン元船長は、ことし2月、南極海で日本の調査捕鯨船団の船に無断で乗り込んだほか、乗組員1人にけがをさせた罪などに問われ、今月7日、懲役2年、執行猶予5年の有罪判決を受けました。
 強制送還され、10日に母国のニュージーランドに到着したベスーン元船長は、空港で記者団に対し、「自分が行ったことは正しいことであり、後悔していない。
 捕鯨に反対する立場に変わりはない」と述べました。
 そのうえで、再び南極海で日本の調査捕鯨の妨害を行うかどうかについては「まだわからない。
 裁判の中では南極海には戻らないと約束したが、ほかにもいくつかやることがある」と述べ、今後も何らかの形で反捕鯨活動を続けて行く立場を明らかにしました。
 シー・シェパードは先月、ベスーン元船長を除名処分にしていますが、判決後、代表のワトソン船長は、裁判を有利にするための法廷戦術だったとして、除名を撤回する方針を示しています。
』


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2010年7月11日日曜日

TBS News-i 2010年07月10日 動画あり

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『
TBS News-i 2010年07月10日
強制送還の元船長、ニュージーランドに
http://www.youtube.com/watch?v=2JqV7j8Qcl4&feature=player_embedded


<<動画>>

日本の調査捕鯨船への妨害行為で執行猶予付きの有罪判決を受け、9日に強制送還された反捕鯨団体「シー・シェパード」のベスーン元船長がニュージーランドに帰国しました。

』







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2010年7月8日木曜日

国際 - 2010年7月07日

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『
NZ船長に執行猶予5年付きの懲役2年判決
http://www.25today.com/news/2010/07/nz52.php

元シー・シェパード・メンバー
 自分の高速ハイテク艇「アディ・ギル」号持参で武闘派反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」に参加したが、日本の調査捕鯨船団の第二昭南丸との衝突で愛艇を失い、SSのポール・ワトソン会長との協議の末に「自分の一存でやれ」と言われて、夜陰に乗じて、防御網を破って第二昭南丸に忍び込み、同船の船長を常人逮捕しようと試みたが逆に船員に拘束されたNZ人ピーター・ベシューンの裁判は、7月7日、東京地裁で、執行猶予5年付きの懲役2年判決が言い渡された。

 ベシューン被告人は、傷害罪を否認、他の4件については罪状を認めていたが、多和田隆史裁判長は、傷害罪否認を退けた。
 先に、捕鯨船団が、SSに放棄され、漂流していたアディ・ギル号からボウガンの矢を数本発見し、これを公表していたが、SSは「ばかげたでっち上げ」として、矢の持ち込みを認めていなかった。
 しかし、裁判中に突如、「ベシューンがボウガンをアディ・ギル号に持ち込んだのは非暴力を原則とするSSの規則に反する行為であり、今後、ベシューンをSSのメンバーとして認めることはしない。ただし、裁判については同人の支援を続ける」と発表していた。
 7日、豪緑の党のボブ・ブラウン党首は、
 「ジュリア・ギラード首相に、アディ・ギル号との衝突に関して、第二昭南丸船長を裁判にかけるよう訴えたが、何の返事も受け取っていない。日本政府と捕鯨船団はインターポル(国際刑事警察機構)と豪連邦警察を使って、ベシューンを有罪に持ち込む手助けをさせることができた。これは不公正だ。われわれは、鯨や鯨を守る人たちを守る根性を持つべきなのに、それもできないのか」
と発言した。
 また、ベシューン被告人には個人的に支援のメッセージを送ったと発表した。
 オーストラリア政府は、日本の調査捕鯨については発言しているが、ベシューン問題については何の発言も報道されていない。(AAP)
』



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国際 - 2010年7月07日

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『
NZ船長に執行猶予5年付きの懲役2年判決
http://www.25today.com/news/2010/07/nz52.php

元シー・シェパード・メンバー
 自分の高速ハイテク艇「アディ・ギル」号持参で武闘派反捕鯨団体「シー・シェパード(SS)」に参加したが、日本の調査捕鯨船団の第二昭南丸との衝突で愛艇を失い、SSのポール・ワトソン会長との協議の末に「自分の一存でやれ」と言われて、夜陰に乗じて、防御網を破って第二昭南丸に忍び込み、同船の船長を常人逮捕しようと試みたが逆に船員に拘束されたNZ人ピーター・ベシューンの裁判は、7月7日、東京地裁で、執行猶予5年付きの懲役2年判決が言い渡された。

 ベシューン被告人は、傷害罪を否認、他の4件については罪状を認めていたが、多和田隆史裁判長は、傷害罪否認を退けた。
 先に、捕鯨船団が、SSに放棄され、漂流していたアディ・ギル号からボウガンの矢を数本発見し、これを公表していたが、SSは「ばかげたでっち上げ」として、矢の持ち込みを認めていなかった。
 しかし、裁判中に突如、「ベシューンがボウガンをアディ・ギル号に持ち込んだのは非暴力を原則とするSSの規則に反する行為であり、今後、ベシューンをSSのメンバーとして認めることはしない。ただし、裁判については同人の支援を続ける」と発表していた。
 7日、豪緑の党のボブ・ブラウン党首は、
 「ジュリア・ギラード首相に、アディ・ギル号との衝突に関して、第二昭南丸船長を裁判にかけるよう訴えたが、何の返事も受け取っていない。日本政府と捕鯨船団はインターポル(国際刑事警察機構)と豪連邦警察を使って、ベシューンを有罪に持ち込む手助けをさせることができた。これは不公正だ。われわれは、鯨や鯨を守る人たちを守る根性を持つべきなのに、それもできないのか」
と発言した。
 また、ベシューン被告人には個人的に支援のメッセージを送ったと発表した。
 オーストラリア政府は、日本の調査捕鯨については発言しているが、ベシューン問題については何の発言も報道されていない。(AAP)
』



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2010年7月7日水曜日

NHKニュース 7月7日

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捕鯨妨害 元船長に有罪判決
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100707/t10015593601000.html

 反捕鯨団体のシー・シェパードが日本の調査捕鯨を妨害した事件で、傷害の罪などに問われた抗議船の元船長に、東京地方裁判所は「独善的な考えで妨害行為に加わった」と指摘し、執行猶予の付いた懲役2年の有罪判決を言い渡しました。



 シー・シェパードの抗議船「アディ・ギル」号の元船長で、ニュージーランド人のピーター・ベスーン被告(45)は、ことし2月、南極海で日本の調査捕鯨団の船に無断で乗り込んだほか、強い酸性の薬品が入った瓶を発射装置を使って撃ち込み、乗組員1人に軽いけがをさせた罪などに問われました。 
 判決で、東京地方裁判所の多和田隆史裁判長は「シー・シェパードは、調査捕鯨は違法だという主義主張に基づいて、IWC=国際捕鯨委員会の決議や声明を無視して、危険で悪質な妨害行為を繰り返していたもので、独善的な考えで妨害行為に加わった被告の刑事責任は重い」と指摘しました。
 そのうえで「被告は、被害者の一部に被害弁償を行ったほか、今後は南極海での反捕鯨活動に参加しないという意向を表明している」と指摘し、ベスーン被告に懲役2年、執行猶予5年を言い渡しました。
 弁護士によりますと、ベスーン被告は法廷で、ノートに「早く家族や友人に会いたい。判決の内容を妻に伝えてほしい」と書いて弁護士に示したということです。
 ベスーン被告は控訴しない方針で、判決のあと身柄を入国管理局に引き渡され、近くニュージーランドに強制送還されることになります。
 一方、裁判所の周辺では、市民グループのメンバーたちがシー・シェパードの活動に抗議するシュプレヒコールを繰り返し、ものものしい雰囲気となりました。



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2010年7月2日金曜日

朝鮮日報  2010年07月02日

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クジラ肉は「たまたま」網にかかったものなのか
http://www.chosunonline.com/news/20100702000056
http://www.chosunonline.com/news/20100702000057

15以上の違法な捕鯨団が暗躍

 東海(日本海)沿岸で、捕獲が禁じられているミンククジラを1年間に100頭以上も捕獲し、市場へ流していたとして、K容疑者(55)ら10人が警察に摘発された(6月18日付既報)。

 韓国では1986年に捕鯨が禁止された。商業捕鯨を禁止する国際捕鯨委員会(IWC)の決議を、韓国政府が受け入れたためだ。
 だが、漁網にかかったクジラや、死んだ状態で流れてきたクジラに限り、食べたり販売したりできる。

 ところが、全国の飲食店や刺し身店では、クジラの肉がよく販売されている。
 これがまさに、今回摘発されたK容疑者らが捕獲したクジラだ。
 主犯のK 容疑者は以前、2隻の漁船でカタクチイワシ漁を行っていたが、クジラの価格が高騰したため、違法な捕鯨に手を染めるようになった。

 捕鯨の経験がある船長と船員を集め、捕鯨団を結成したK容疑者は、慶尚北道浦項市や同道ヨンドク郡の東海沿岸の港を朝5時ごろに出港し、 35-40キロ沖へ出た。クジラが見えるやいなや、猛スピードで接近し、長さ4-6メートルの銛(もり)をクジラの背中や頭部に打ち込んだ。

 K容疑者らの自作した銛を打ち込まれたクジラは、いったん水中に沈んだ後、再び浮上した。
 そのとき、K容疑者らは再び銛を打ち込んだり、網を投げ入れたりして、クジラを引き揚げた。
 船員たちが船上でクジラを解体している間、地上で待機していた営業役が、クジラを買い取る人を探し回った。

 捕鯨団が港へ戻るころ、小さなモーターボートが接近してきた。
 海上での運搬役だった。クジラの肉は、彼らが静かな浜辺へ運び、そこで待機していた陸上での運搬役に引き渡した。
 これは、出港や入港の手続きを避けるための方法だった。

 警察は、「運搬役が販売業者にクジラの肉を引き渡す際には、人けの少ない道でそのまま冷凍車に積み込み、後で冷凍車だけ返却されていた。
 このため、クジラの肉がどのようなルートで販売されていたかを把握するのは困難だ」と説明した。

今回摘発されたK容疑者らのグループは、慶尚南道昌寧郡の農村地帯に、リサイクル品倉庫を装った冷凍倉庫を設けていた。
 家宅捜索が行われたとき、倉庫には部位ごとに包装されたクジラの肉が入った箱が数百箱も積まれていた。その総重量は10トンを超えていたという。

 捕鯨団は、出港するたびにクジラを捕獲していたという。
 多いときは1日に5頭を捕獲し、1頭当たりの価格は1000万ウォン(約73万円)だったとのことだ。
 この金を、船主や船長が200万ウォン(約15万円)ずつ、船員が100万ウォン(約7万3000円)ずつ、海上での運搬役が300万-400万ウォン(約22万-29万円)ずつ分け合っていた。

 海上での運搬役の取り分が多いのは、危険な仕事であることに加え、暴力団が関与しているためだ。
 ミンククジラの時価は2000万-3000万ウォン(約146万-218万円)だが、捕獲自体が違法なため、価格は安くなる。
 捕鯨団は昨年5月以降、こうした手法で120頭以上のミンククジラを捕獲してきた。

 ミンククジラは漁師たちの間で「海のロト」と呼ばれている。
 たまたま、網にかかって死んだミンククジラを発見できれば、それは「掘り出し物」だ。
 2004年4月25日、蔚山市の沖で、網にかかって死んでいるのが見つかった体長7メートルのミンククジラは、1億2365万ウォン(約900万円)で取り引きされた。

 死んだクジラを発見した場合、海洋警察に届け出なければならない。
 海洋警察は、金属探知機による検査などを経て、違法に捕獲したものではないことを確認した後、捕獲した漁師に返却する。
 このため、環境保護団体は、「漁民たちが、網にかかったクジラのように見せ掛けている」と指摘してきた。

 警察は、「違法な捕鯨団が、全国で15グループ以上活動しているとみられ、捕獲したクジラの肉はほとんど販売されているとみられる」と説明した。
 また、最近は日本から密輸したクジラも販売されている。
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2010年7月1日木曜日

そのほか - 2010年7月01日

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QLD、ザトウクジラ北上中
http://www.25today.com/news/2010/07/qld_249.php

 前年比10%の頭数増加
 6月末、QLD州ノース・ストラドブローク島のポイント・ルックアウトで北上するザトウクジラを観測している研究グループは、「記録的な頭数が北上中だ」と発表した。
 「East Coast Australian Humpback Whale Population(大陸東海岸ザトウクジラ人口)」調査グループを率いるQLD大学のマイケル・ノード博士は、「熱帯水域の繁殖地に向かって毎日 100頭が通過している。
 2007年の調査ではこれほど多くなかった。最大でも1日130頭、平均すれば70頭程度だった。
 今年は毎日100頭がここを通過している。
 今年は総数で13,000頭程度がQLD州水域に集まるのではないか。
 それだけでも2007年より10%から11%増えた計算になる。
 ポイント・ルックアウトで観測を始めてから30年になるが、この程度の増え方は過去の増加率と一致している。
 これまでのデータからも、鯨が非常に好調健康で、頭数増加をとどめるものが何もないことを示している。
 急激に繁殖している。
 餌はふんだんにあるし、伝染病もない。
 海洋汚染やホエール・ウォッチングなどは鯨人口にとってはものの数ではない」としている。
 また、現在、最高9頭程度の群れを現認していると語っている。

 ザトウクジラは、年に2回大陸東海岸沖合を回遊しており、1950年代から60年代末にかけての「捕鯨オリンピック」時代に世界の先進各国が捕獲量を競った結果、絶滅寸前まで追い詰められた。(AAP)
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